歩いていくと曲がり角である人物に出くわした。


「あ、おーっす」
「ヒロシくん」

出会ったのは2つ上のカメラ少年だった。
にこやかに笑ったあと、まる子の両手の荷物に驚く。
バレンタインということはもちろんわかっているが、女の子が箱を抱えている理由などわかるはずもなかった。


「な、、なんだよ、それ」(ヒロ)
「これねー貰ったんだよ」(まる)
「へ?お前がか?」(ヒロ)
「まるちゃんね、クラスの男子が貰ったチョコを貰ったんだ」(たま)
「は?どういうことだよ」(ヒロ)
「甘いもん好きじゃないからってまる子にくれたんだ。あたしゃあチョコに目がないからねぇ」(まる)
「へー、、」(ヒロ)
「ヒロシくんは貰ったの?」(たま)
「クラスの女子が配ってたやつ貰ったぐらいだよ」(ヒロ)
「へー、そっかぁ」(まる)

おーと答えてから、ヒロシはあることを思い出し、ごそごそとパーカーのポケットを探った。
なんだろうと思いながらまる子とたまえはその行動をみつめる。



「はい、これ、お前らにやるよ。ひとつしかねぇからわけて食えよ」

渡された赤色の袋は、
ウェハースをチョコでコーティングしたお菓子の名前が書いてある。
きらきらとまる子の目が光る。


「あー!キットカットだ」(まる)
「おいしいよねっ、これ」(たま)
「うん!もらっていいの?」(まる)
「ああ。いいよ」(ヒロ)
「ありがとう」(まるたま)

そんなもので喜ぶ2人にヒロシは口許を緩めながらカメラを構えた。
レンズの向こうで、早速半分こするまる子たちが写る。
両手がふさがっているまる子の口にチョコを運んでやるたまえ。
そんなほのぼのとした光景に気持ちよくシャッターを切り、ヒロシは満足そうに微笑んだ。


「写真できたらやるからな」(ヒロ)
「なんか貰ってばっかで悪いねぇ」(まる)
「いいよ。べつに。写真、好きだからさ。そのお菓子もさっきフィルム買いにいった店で貰っただけだしな」(ヒロ)
「ヒロシくん、ありがとね」(たま)
「おぅ。じゃあ、またな」(ヒロ)
「わっ、」(まる)
「きゃっ、」(たま)

ヒロシはまる子とたまえの頭をくしゃっと一回ずつなでたあと、いたずらに笑いながらかけていった。
もーっなんなのさ!という声はヒロシには届いてないだろう。
気にするなよという意味だったことは彼以外知るよしもない。
それでもまる子とたまえはお互いをみてくすっと笑ったのだった。



そんなたまえともわかれ道に達する。
また明日とわかれるのに、寂しくなるのはなぜだろう。
しかし今日は両手のチョコがすぐに心を満たしてくれてくれたので、まる子はすぐに機嫌がなおる。まったくお手軽である。


ーーーーああ、こんなに、チョコが、、しあわせだねぇ。。

あの角を曲がれば自分の家につく。
取り合えず家族に自慢しなきゃねと考えていたそんなとき、名前を呼ばれた。


「あれま、おーのくん、どしたの?」

振り向くとさっきわかれたはずの大野がぱたぱたと走ってくる。
目を真ん丸にするまる子に、大野はランドセルを外し、中から巾着袋を取り出した。

「お前さ、板チョコも、食うだろ?」

へ?と間抜けな返事をしたまる子に
巾着袋の中から出されたなんでもない板チョコを渡される。
渡されるというかまる子の手に持つチョコの一番上に乗せられたのだが。


「う、うん、、食べるよ」
「ああ、これもやるよ」
「あ、、ありがと」

チョコが好きなまる子は板チョコだってとても嬉しかった。
だが、不思議な点があり、まる子は少し戸惑う。
じぃっと大野を見つめると彼は自分の眉を触って何か言おうとしたあと帽子のツバをぎゅっと下げた。


「、え、、と、」
「やる」
「う、うん。ありがと、、」
「じゃあなっ」
「あ、、」

何か声をかけようとしたまる子だったが結局何も言えずに
大野の背中を見送った。
そして、ぽつりとなんだろうねぇとぼやいた。

様々な疑問がまる子の脳裏によぎったが、
結局は考えてもわからなかったので。


「ま、いいや。板チョコも嬉しいねぇ」


と考えるのは放棄してしまった。
それが大野なりの、いわゆる逆チョコだということをまる子は気づかないのであった。



**

角を曲がり、自分の家がみえてくる。
すると家の前に豪華な車がとまっていた。
ロールスロイスに乗る人物なんてどう考えても1人しか思いつかない。


「やぁ、さくらくん」

降りてきた人物にやっぱりと思うまる子。
でも彼がここにいる理由はまったくわからない。


「花輪くん、、どしたの?」
「ちょっと君に届け物がしたくてね」
「へ?」
「はい。これ」

赤のリボンがかかっている白い箱を花輪はまる子に差し出した。
しかしまる子はさきほど大野からもらったチョコが両手をふさいでおり、受け取れない。
ちょっと待っててと花輪の横を通りすぎ玄関に荷物を置きにいく。
母すみれの声がしたが適当にやり過ごし、花輪のもとへと戻る。

「なにこれ?」
「、、その前に聞いてもいいかな?さっきの荷物はなんなんだい?」
「ああ、あれ大野くんに貰ったんだ」
「Σおっ、大野くんにかい?」
「うん、貰ったチョコいらないからってまる子にくれたんだよ」
「そ、そうかい」

まる子の言葉に花輪は少し安心する。
しかし本人から聞いた訳ではないので信用はできない。
大野がまる子に対して何らかの好意があるのは見ていてわかる。
それが友情なのかどうかは花輪にはわからなかったが。


「ねぇ、これ、なに?」

考え込んでいる花輪にまる子は頭上にハテナマークを浮かべて尋ねる。
危うく用件を忘れそうになった自分に花輪は苦笑いをした。


「チョコレートケーキさ」
「え?」
「このケーキも僕のお気に入りでね。特別に作らせたのさ。さくらくん、よかったら食べてくれたまえ」

いつもの調子で花輪は自分の髪を触りながらさわやかに話す。
まる子はぱああと目を光らせたが、すぐに不思議に思う。

「で、でも、、なんで?」

まる子の問いに花輪はふっと笑ってから、余裕いっぱいに答えた。


「いやだなぁ、今日はバレンタインデーじゃないか」

ああそうか。と、その答えにまる子は納得しかけるが、昼間のことを思いだし、また、不思議になる。


ーーーーあたし、、、もらったよね?

ぐるぐるぐるとめずらしくまる子の脳が活発に動く。
あーでもないこーでもないと考えていき、もしかして花輪は誰かと間違えてるのではないか。という結論に達した。
わざわざ家にまできて間違えてるわけもないのだが、まる子が一度出した答えを覆すわけもない。
ただそれを思い付いた時点で言わなかったのは手に持つチョコレートケーキの存在のせいだった。
一度は貰ったケーキを返すのはまる子にとってはかなりつらい決断である。少しの間天使と悪魔が決闘をしていた。

「さくらくん?」

花輪の言葉も頭には入らないぐらい悩んだまる子。
そしてなんとか勝った天使にまる子は意を決して話そうとするが、口許に人差し指をたたされ、むぐっと口を閉じた。


「さくらくん。それは君にプレゼントしたものだからね。安心して受け取ってくれたまえ」
「、、、え」
「2つめの逆チョコだよ、ベイビー」

心を読まれ、きょとんとするまる子に、
では、僕はこれで。と立ち去ろうとする花輪。
まる子はまだ思考が追い付いていないながらも、
その後ろ姿に声をかける。


「まって!」

その言葉に振り向く花輪。
しばしの沈黙のあと、まる子はぎゅっとケーキの箱を抱えながら聞く。


「、、、なんで、、なんでそんなにまる子にしてくれるの?」

まる子は不思議そうに花輪を見上げる。
思いがけない質問に花輪は一瞬言葉につまったが、
すぐにいつものように笑い、そんなの簡単だよ、と続けた。


「君の喜ぶ顔が見たいのさ、ベイビー」

真っ直ぐ真っ直ぐ伝えられた言葉にまる子は声がでなかった。
ぽかんと口を開け、花輪を見つめたまま固まっている。
そしていつものように流されてるだろうと思っていた花輪は、
そんなまる子の反応に、自分の言葉を思い返して顔が赤くなった。


「や、あの、、その、、さ、さくらくん、、」
「、、、ちょっと、、待ってて!!」

あわあわしだした花輪を残し、ばたばたと家に入っていく。
そんなまる子に圧倒され、赤い頬をしながら花輪は立ちすくむ。

1分もしないうちに慌ただしく戻ってきたまる子は、自分の渡したケーキの箱よりずっと小さな箱を持っていた。
そしてそれをつき出される。


「これ、花輪くんに、」
「え?僕に、、かい?」
「うん。まる子からだよ。あげる」
「え?なんで、、だい?」

受け取ってみたはいいものも、花輪は状況が飲み込めずにいた。
そんな花輪にまる子は、わざとらしく前髪を手で流した。

「いやだなぁ、今日はバレンタインじゃないか、セニョール」

さきほどの花輪の口調を真似たまる子。
微妙な間(ま)のあと花輪は焦ったように言葉を返す。


「こっ、これ、本当に僕にかい!?」
「えっ?う、うん。。そうだよ」
「山根くんに渡してとかみぎわくんからでしたとかないんだね!?」
「う、うん、、」
「本当にさくらくんからなんだね!?」
「だ、だからそう言ってるじゃん」

あまりの必死さにまる子はびくびくしながら答えた。
今までのトラウマがたくさん蘇っているのであろう。
不憫である。
花輪は一通り確認し終えると黙ったまま貰った箱を見つめた。
上品な紫色のリボンがかかった箱にはハッピーバレンタインというシールも貼ってある。
花輪はまる子からチョコが貰えたことで思考がとまってしまったのだろう。
そんな彼にまる子は恐る恐る声をかけた。


「あ、あの、花輪くん?」

名前を呼ばれ、はっとした花輪は、まる子を見てからゆっくりと赤くなる。
そして伏し目がちに言う。

「あ、、ありがとぅ、さくらくん」

そんな花輪の反応にまる子も少し照れたようで、頬をかいて、どーいたしまして、と答える。
お互い目を合わせることもなく無言が続く。
この空気に耐えれなくなったのはまる子が先で
それじゃあ、なんて上擦った声をだした。

「あ、そ、そだね、、」
「う、うん、、」

花輪が車に乗り、じゃあまたね、とまる子に手をふる。
まる子もバイバイと手をふり、彼が前方を向くのと同時に、車が発進された。
その一瞬だったが、彼の嬉しそうな横顔をまる子は見逃さなかった。


「花輪くん、、喜んでくれてたなぁ、、」

そしてまる子もまた嬉しそうに笑うのだった。
どうしてこんなに嬉しいのかまる子自身もよくわからなかった。



**










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