次の日。


「ふあぁっ、おはよぉ」

ギラギラする教室の中。
入ってきたいつもとまったくかわらないまる子。
まる子が自分の席に向かうとたまえの席から杉山が離れていくところだった。

「あ、まるちゃん、おはよ」
「おはよ、たまちゃん」
「今日も寒いねぇ」
「はは、そうだね」

帽子を脱ぎ、ランドセルをおろそうとしてまる子はたまえの机の上にあるお菓子に気付く。


「あれ?たまちゃん、それ、ポッキー?」
「ああ、うん。さっきね、もらったの」
「え?誰に?」
「杉山くんに」
「へー、、なんでまた?」
「さぁ?なんかよくわかんないけど、やるよって渡されたの」
「なんだろね。たまちゃんなんかアイツにされたんじゃないの?」
「うーん、、その前にあんまり絡んだ記憶もないの」

お子ちゃまな2人は昨日あれだけ話題にしたバレンタイン、逆チョコの話は忘れているようだった。
いつも忘れっぽいまる子ならわかるが、たまえの場合は“自分に逆チョコを渡す人物の存在”を認識していないからであり、思い付かなかったという方が正しいかもしれない。


「おはよ」
「ん?ああ、おはよ」
「おはよー、ひらば」

悩む2人のもとにやってきた、さわやかな男の子。
人懐っこい大型犬のイメージが似合う彼はまる子の前席の椅子に逆向きに座る。

「おっ、穂波、なに、貰ったの?それ?」(ひら)
「うん。杉山くんに貰ったんだ」(たま)
「杉山に?すげぇなぁ、、」(ひら)
「え?なんですごいの?」(たま)
「えっ、だって、それ、逆チョコだろ?すげえじゃん」(ひら)
「えっ!?」(たま)
「あー!そういえば今日はバレンタインだったね!」(まる)
「さくら、、お前女子だろ?なに忘れてんだよ、、」(ひら)
「やだねぇ。アタシだって昨日までは覚えてたんだよ」(まる)

昨日まで覚えていても、当日覚えてなかったら意味はない。
ひくひくっと平岡は顔をひきつらせた。


「というかたまちゃん、アンタやるねぇ。すみにおけないよ、まったく」(まる)
「やだなぁ。そんなんじゃないよ」(たま)
「いやっ、、それしかないと思うよ」(ひら)
「うん、アタシもそう思うよ」(まる)
「まっさかぁ。ありえないよ〜」(たま)

あははと笑うたまえを見て、まる子と平岡は杉山のことが大変気の毒に感じる。
他人の事には敏感なのに自分の事になるとこれだ。たまえとまる子も似た者同士なのである。


「ところでひらばは何?何か用?」(まる)
「ああ。これ家にあったからさ。さくらにやろうと思って」(ひら)
「え?あっ、チョコボールだ!」(まる)
「キャラメル味好きだって言ってただろ」(ひら)
「うん!ありがと、ひらば!」(まる)
「よかったね、まるちゃん!」(たま)
「うん!これで金のエンジェルでもでてくれた日にはあたしゃあ天にも昇るよ」(まる)

そう言って嬉しそうに笑うまる子。
たまえはその親友に(天にも昇るってチョコボールのことで、、まるちゃん、もっと他のことで天に昇った方がいいよ)と、心の中でしか助言ができなかった。


「さくら」(ひら)
「ん?」(まる)
「それ一応逆チョコなんだけど」(ひら)
「あ!やっぱそうだよね」(たま)
「うん。なんかさくら気づかなさそうだからさ」(ひら)
「あー、、そっか。ありがとね、ひらば」(まる)
「べつにいいけど、軽いな」(ひら)
「うん、、あっさりしてるね」(たま)
「だって、べつに深い意味なんてないんでしょ?」(まる)
「ああ。べつに意味なんてないよ。家にあったからさ。バレンタインだしちょうどいいかなって思って持ってきただけ」(ひら)
「そうだよね〜意味なんてあったら気持ち悪いもんねぇ」(まる)
「だよなぁ」(ひら)

そうやって笑い合う2人をたまえは兄弟みたいだなんて思いながら見つめる。
でもたまえは平岡とまる子の気持ちが少しずれていることにも気づいてた。
意味ないと言っていたが、意味がなければ、わざわざバレンタインにチョコを渡すわけない。
しかもまる子の好きな味まで覚えていた所を見ると、本当に家にあっただけなのかと思えてくる。
でも平岡も今はこの兄弟のようなやり取りでよさそうなので、たまえは何も言うまいと一緒に笑う。
他人のことならここまで鋭いのにどうして自分のことになるとあそこまで鈍いのかは謎である。


「アタシさぁ、昨日、おじいちゃんにも逆チョコ貰ったんだぁ」(まる)
「え?おじいちゃんに?」(たま)
「ハイカラなこと知ってるじぃさんだな」(ひら)
「まぁ、逆チョコ自体は知らなかったんだけどね。なんかねチョコ貰ったからって、それをまる子にくれたんだ」(まる)
「へー」(ひら)
「それでアタシ嬉しくってさぁ。大切に食べるよって言ったらおじいちゃんも喜んでたよ」(まる)
「そっか、よかったね」(たま)
「それに、今ひらばもくれたからまる子逆チョコ2個だよ!あー嬉しいねぇ。ひらばのも大切に食べるからね」(まる子)
「お、、、おお」(ひら)

まる子のとろけそうな笑顔に一瞬ときめく平岡。
ぶんぶんと頭を振って気丈に振る舞おうとする姿をたまえは見逃さなかった。
そして自分の考えに確信を持つのだった。


「ズバリ!おはようございますでしょう!」
「ま、まるおくん、、」

そんな3人のもとへ近づいてきたぐるぐるした眼鏡の男子。
みんなが口を揃えて挨拶を返すとうんうんと嬉しそうに笑ってから、1人1人になにかを配る。


「えっ!」(ひら)
「なにこれ??」(まる)
「お金!?」(たま)
「ズバリ!お札チョコでしょう!」(まるお)

皆が驚くのを観察してから得意気に答える丸尾。
お札チョコとよばれたそれは包み紙に1万円札の紙幣のデザインがプリントされたものであった。
そしてよくよく見ると1億円札と夢のような金額がかかれている。

「あっ、ほんとだ。この包み紙の下は銀紙になってるね」(たま)
「へぇ〜、、よくできたもんだな」(ひら)
「おもしろいね、これ」(まる)
「わたくしは昨日、逆チョコなる存在を知りました。いつもお世話になっております皆さまに感謝の気持ちをお伝えしたく、、配っているのです」(まるお)
「そ、そうなんだ、、」(たま)
「あ、ありがと、まるおくん、、でもみんなに配るってお金とかけっこうかかるんじゃないの?大丈夫?」(まる)
「わたくしの母さまがバレンタインセールで買ってきたものなので、気を使わないでください。こんな気の利く丸尾末男に清き1票をお願いいたします!それでは!」(まるお)

言いたいことを言って去っていった丸尾。
そしてそのまま、ちゃかちゃかとクラスメートにチョコを配る。
その姿を見て3人は呆れたように顔に縦線が入った。

「、、次の選挙も1票入れなきゃね」(たま)
「なんか、、このチョコが本物の賄賂にみえてしかたないよ」(まる)
「そうだな、、リアルにお札だもんな」(ひら)
「まぁ、渡す時点で賄賂に代わりはないんだけどね、、ちょっとね、、」(たま)
「でも、、入れなきゃね、、」(まる)
「ああ、、」(ひら)
「貰っちゃったらね、、」(たま)
「、、俺なんか男子だからさ、、丸尾からバレンタインにチョコ貰うのってなんか抵抗あるよ」(ひら)
「それもそうだね、、」(たま)
「、、うん」(まる)

この微妙な空気をかえるように響いた始業ベル。
まる子とたまえは2日続けてチャイムに救われたと感じたのだった。



**

そして昼休み。

「おいっ、さくらぁ!ほなみぃ!」
「やまだ?なに?」

窓辺で日向ぼっこ中のまる子とたまえに嬉しそうに駆け寄ってきた笑顔がトレードマークの男の子。
首から下げた虫かごを2人の目の前に持っていく。


「みておくれよ!昨日蝶々みつけたんだじょ!」(やま)
「あー、ほんとだ。紋白蝶だ。2匹いるんだね。かわいい」(まる)
「紋白蝶って小さくてかわいいよね。こんな時期にもういるんだねぇ」(たま)
「なかなか捕まらなくておーのくんとすぎやまくんにも協力してもらったんだじょ」(やま)
「へー、、よかったね」(まる)
「うん。よかったね、山田」(たま)

えへへっと笑う表情は幼く、まる子たちがお姉さんにみえるほどだ。
そんな山田は笑顔のまま虫かごを首からはずした。

「これ、さくらとほなみにあげるじょ」
「ええっ」

綺麗にハモった言葉と表情。
それでも山田はにっこり笑ったまま続ける。

「逆チョコだじょ!」(やま)
「はぁっ?」(まる)
「今日はバレンタインで逆チョコっていうのが流行ってるんだろお?オイラ昨日それを聞いたから、チョコを買うお金がなかったんだじょー」(やま)
「うん」(たま)
「それでも何かあげたかったから、これあげるんだじょ!」(やま)
「私たちに?」(たま)
「うん!さくらとほなみにあげたかったんだぁ!いつもどうもありがとう!」
「山田、、」(まるたま)

また盛大に笑う山田。
まる子とたまえはその優しい純粋な気持ちが嬉しくてありがとうと笑う。
ただ、受けとっても困る贈り物なので、
親友同士、必死に目の会話で山田を傷つけずにお断りしようと決めたのだった。


「やまだぁ、、あのさ、気持ちだけであたしたちはいいよ」(まる)
「え?」(やま)
「うん、、じゅうぶん嬉しかったから、それだけでいいの」(たま)
「えっ、いいのかい?蝶々だじょ?」(やま)
「うん、、それは山田が持っててよ。あたしたちはいいから」(まる)
「うん」(たま)
「、、そうなのかぃ?、、やったー!じゃあこれは2人からのバレンタインだね?」(やま)
「えっ、」(まるたま)
「だって、オイラがあげた逆チョコをまたオイラにくれたんだろ?だったらそうじゃないかぁ。2人ともどうもありがとう!」(やま)

わーいと嬉しそうに山田は走って教室から出ていく。
その後ろ姿を見ながら、2人は呟いた。


「、そういっちゃあそうかもしれないけどさ、、」
「うん、、私たち何もしてないよね」
「うん、、ただいらないって言っただけなんだけどね」
「山田、喜んでたね、、」
「うん、」(まる)

なんとも言えない心境の2人は呆然と突っ立っている。
そこに上品なBGMとともにキザな男の子があらわれた。


「へいっ、きみたち!なにをぼーっとしてるんだい?」(はな)
「あ、花輪くん、、ちょいといろいろあったんだよ」(まる)
「うん、、あったんだよ」(たま)
「へー、、そうかい?じゃあこれを受け取ってしゃきっとしたまえ」(はな)

ほらとまる子とたまえに渡されるラッピングされた小さな袋。
透明の袋なので中身がチョコであることはすぐにわかり、女子2人は歓喜の声をあげた。


「わぁっ、トリュフだね」(たま)
「おいしそー!」(まる)
「それは僕のお気に入りのチョコでね。昨日レディたちに配るようにパティシエに作らせたんだ」(はな)
「いやぁ、持つべきものは金持ちだねぇ」(まる)
「Σ」(はな)
「まるちゃん、そんなはっきりと金持ちだけを強調するのは失礼だよ」(たま)
「いや、、さくらくんが喜んでくれたらいいのさ、ベイビー」(はな)









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