咎人たちの語らい


 その喫茶店には、人がほとんどいなかった。ただ店内のBGMだけがむなしく響いている。
(……こんなんで、よく店が潰れないよな)
 気まぐれで店の扉を開けた彼は、まずそんなことを考えた。変に現実的な自分に呆れ、息を吐く。それからそっと扉を閉めた。入った時と同じように、ドアチャイムが軽やかな音を立てる。
 そこでふと、あることに気がついた。
(客、入ってる)
 一人だけだが。
 その一人は、窓際に設置された席に腰かけて、何やら物思いにふけっていた。ブラウンの髪と、金が混じった夕日色の瞳が目立つ少年だった。
「ふむ」
 彼は少し考えてからその少年のもとへ足を運んだ。そして、また思考してから話しかける。
「……相席、いいですか」
「へ?」
 少年は目を瞬いて不思議そうに彼を見た。そりゃそうだろう。ほかに空いている席ならいくらでもあるというのに、わざわざ自分の向かい側を選んだのだから。
 変に思われているのは分かっていた。が、他の席に着く気にもなれなかった。
「――どうぞ」
 気持ちを察したのか、ただ単にまあいいかと思っただけなのか――おそらく後者だが、少年はとりあえず了承してくれた。「ども」と言って頭を下げて、彼はイスに座った。
「……」
「……」
 双方沈黙。別に話すことも無かったので仕方ないが。彼は何となく恥ずかしくなって、うつむいた。その時、ある物が目に入る。少年が握っている銀色の物体。
「これ――」
 なんですか? と聞こうと思ったが、寸前に言葉をのみこんだ。聞くまでもなく、分かる。
 フルート、楽器だ。別に珍しくもない。ただ、彼がそれを持っている理由が少し気になった。
 だが少年は、今度こそ彼の気持ちを察したのだろう。フルートを持ち上げて、苦笑して見せた。
「ああ、これね。俺、フルート奏者だったんだ」
「――『だった』?」
 我ながら変なところに食いついたものだ、と思いつつ言葉を繰り返す。すると少年の表情がみるみるうちに陰っていった。さすがに慌てる。
「あれ、オレなんかマズイこと聞きました?」
「いや……」
 少年は首を振ってから、言葉を続けた。
「今はもう、積極的にはやってないんだ……。俺の国で、音楽が禁止になったから」
「音楽禁止? 珍しい話ですね」
 素直に口にする。少年はフルートを見ながら、そうかもなぁ、と呟いた。それから急に、決意をしたかのように彼の方を見てきた。
「――?」
「あ、えと……なんて呼べばいいかな」
「ああ。クラインで構いませんよ」
 窓の外に目をやりながら、彼――クラインは答えた。そして、「そちらさんは?」と返してみた。
「ああ、明樹(みんじゅ)でいいよ。――クラインは、さ。音楽好きか?」
 何気ない問いだった。少し考えてから言葉をひねり出した。
「うーん……好きでも嫌いでもないけど……歌はよく歌うかも」
「そっか」
 先程の言葉ひとつで、明樹の顔がぱっと明るくなった。そこでクラインは思う。
 ああ、こいつ……諦め切れてないんだな。
 音楽が禁止になったということは、今なお音楽を続けている奴は、犯罪者扱いだろう。それでも目の前のこいつは諦められていない。じゃなきゃフルートなんて持ち歩いていないだろうし、ばれるのも嫌だから音楽について語ろうともしないだろう。
(よく、似てる)
 自分と本当によく似ている。
 犯罪者みたいなもので、派手に動き回って居所がばれたりしたら捕まることくらいわかっているくせに、自分の理想を諦めきれなくて奔走を続ける。それがどれだけ無謀なことか知っていても。
(ばかばかしい)
 改めて思う。が、嫌いにはなれなかった。
「…………」
 窓の外をもう一度見る。まだ、時間はありそうだ。
「あの」
 明樹に話しかける。相手は顔を上げて、「何?」と聞いてきた。ほんの少しの逡巡。それから言った。
「吹いて、もらえませんかね」
「は?」
「いや、だから」
 クラインは明樹が握るフルートを指さした。
「ソレ、吹いてもらえませんか」
 案の定、相手の表情からは戸惑いが読み取れた。そう言う一面を見るたびに、よく似ていると思う。
「で、でも……」
 明樹はまごついていた。そこでクラインは、ぴしゃりと言った。今までの敬語すらかなぐり捨てて。

「ここは、音楽禁止の国じゃない」

 刹那、夕日色の瞳がめいっぱいに見開かれた。驚きと、戸惑いと、それからわずかな歓喜。彼の目から様々な感情が読み取れた。
 その彼はしばし悩んだようだが、やがて答えを出した。
「わかった」
 明樹という名のフルート奏者は、席を立って楽器を構えた。

 柔らかな音が店内に響き渡る。
 店主が少し驚いていたが、咎める気はないようだ。演奏は続く。
 澄み渡った音色。だが、ほんの少し憤ったような音。それは、自国に対してなのか、自分に対してなのか。クラインには分からなかったし、正直どうでもよかった。
 ただ、ふと思い出す。
(母さんからたくさん教えてもらったな、歌)
 母のことなどほとんど覚えていないが、それだけは覚えていた。その貴重な記憶すらもどこかへ消えてしまいそうな気がしていたこの頃だったが、フルートの音を聞いて再び思い出す。
 心地よかった。
 こんな感覚も久々だった。
 知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
(……あんたは将来、いい音楽家になれると思うぜ)
 演奏が終わった後、クラインはそんな思いも込めて、惜しみない拍手を若き音楽家に送った。










お世話になっております、蒼井七海さんがこんな素敵な小説を書いてくださったのです!!
へっへーんw明樹とクラインくん仲良しなんだぜぇ〜〜(何こいつうざすぎ)
将来いい音楽家になれるという、クライン君のお墨付きによって明樹の将来は確定(まじかww)
そしてさらにイラストにはアレン君も登場の豪華っぷりww
沢山空席があるのに相席してきちゃうクライン君もぅえええ〜〜〜☆☆(不快指数100%)
明樹の切なさをとても繊細に描写していただきました。
それは同時に、少なからず私のつたない作品で伝わるものがあったのだろうか…と
少し期待してしまいますね(自重せよ)
きっと七海さんの読み取り力半端ないんだと思います!!
七海さん、本当にありがとうございましたっ!!



蒼井七海様の素敵サイトはこちら→